水俣湾の青い海・・・海の日に想う 西東京市議会議員 板垣洋子
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2008 年 7 月 21 日    
水俣湾の青い海・・・海の日に想う

先週、水俣視察研修に参加し、初めて水俣市に行ってきました。
エコパーク水俣の最先端にある親水護岸にからは、透きとおる海の中を泳ぐさかなが見えます。目の前には恋時島、不知火海の島々。澄みわたる大空 ゆっくりと時がすぎるような穏やかな美しい風景。

「エコパーク水俣」はかつて有機水銀を含む工場排水が流され続けたため汚染された水俣湾を埋立てたところです。海底にたまった水銀を含んだヘドロを取り除き埋立には13年間、485億円がかかっています。親水護岸には、水俣病慰霊の碑が建立され「不知火の海に在るすべての御霊よ 二度とこの悲劇は繰り返しません 安らかにお眠りください」と刻まれています。緑地部分には、「本願の会」のメンバーが彫った石仏=魂石が並んでいます。まるで不知火海を見守るように。明神海岸におりると、自然が残り、石の下にはカニが隠れていました。またかつて水俣湾の仕切網の基点に使われたコンクリートの塊が教訓を刻むモニュメントとして残されていました。

水俣病の原因のチッソ水俣工場は1959年には工場排水を猫に与えた実験でチッソが原因による被害という事実を知りながらも対策を取らず1968年まで水銀は海に流れ続けました。経済優先、ひとの命よりも優先した結果、被害を広げ、とりかえしのつかないことを招いてしまいました。1997年、政府の解決策が出されましたが、すべてが救済されたとは言えません。健康被害だけでなく、中傷、偏見差別のある社会のなかで生きてきた患者さんに手を差し伸べる社会づくり「もやい直し」が水俣ですすめられています。
水俣病の公式確認から52年。水俣を決して忘れてはいけない、繰り返してはいけない。

「海」
海はきれいだ とてもきれいだ
海はひろいな どこまでも続いている
海は心を なごませてくれる
海は勇気を あたえてくれる
海は命を 生み育ててきた
海は私たちの 大切なたからもの
  
(これは、22前水俣病の多発地区の小学校で水俣病を学んだ5年生が作った歌です。「ほっとはうす」で胎児性水俣病患者さんとの交流会で一緒に歌いました。)




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